2004年11月

イチゴ大福

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ここんとこ 残業続きで 家に帰ったときにはすでに子供たちはスヤスヤ夢の中。。


残業するときはコバラが好くのでついついコンビニとかでおやつを買ってしまう。


メルトモのはなちゃんからイチゴ大福を食べたとメイルが来たのにつられて、今日は久々にイチゴ大福を買ってしまった。。

あぁマスマス太っていってしまう??。

気になったニュース

最近忙しくてゆっくり新聞も読んでないので、すっかり世事に疎いんだけど、気になったニュースがあったので、ちょっと考えてみた。

ニュースはこれ。「訂正放送は放送局の“自主判断"」

僕なりに超シンプルに要約すると、

NHKが偏った報道で、ある女性の名誉を傷つけたけど、「ゴメンね、間違ってました」って放送するかどうかはNHKが決めること。裁判で求めるようなことじゃあないデスヨ、ということになる。

まず前提として、NHKは放送法を遵守する義務があり、訂正放送はその放送法第4条において次のように規定されている。

(訂正放送等)
第4条 放送事業者が真実でない事項の放送をしたという理由によつて、その放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接関係人から、放送のあつた日から3箇月以内に請求があつたときは、放送事業者は、遅滞なくその放送をした事項が真実でないかどうかを調査して、その真実でないことが判明したときは、判明した日から2日以内に、その放送をした放送設備と同等の放送投備により、相当の方法で、訂正又は取消しの放送をしなければならない


これを素直に読めば、NHKは訂正放送を行う義務を有することになる(下線部分)。
しかし今回の判決によれば、それをNHKが怠っている場合、民事裁判で求めることはできない、ということになる。


はてさて、「訂正又は取消しの放送をしなければならない」のにNHKがそれを怠っている場合、ではいったいどうしたらいいんでしょうか?


もう一度素直に法律を読み返すと、訂正放送の前提として「調査して」間違ってたことが「判明した」場合のみの義務、となる。ということは、今回はNHKはこの調査をしたのか?がまず問われなければならない。調査した結果、番組の内容が問題なしだから訂正放送をしなかったのか?それとも調査自体しなかったの?

調査してよって被害者が求めても、NHKが調査しなかった場合も、裁判ザタにはできないのかなぁ?
いや、そもそもその「調査結果」の信頼性は、誰が保障するんだろう?でたらめな調査して「問題ない内容でした」って決め付けられたら、もう反論しようがないってことになる?


間違った放送で名誉を傷つけられた場合、まず被害者は、どこになにを求めればいいのか?また、それ以降、なにが行われるのかというプロセス、そういったものがあまり知らされていない気がする。


最高裁の判断の根底には、司法権力が報道内容に介入することは出来る限り避けなければならないという、これまた真っ当な理論があるようですが、しかし一方で、報道被害にあった被害者は、ただただ自分の名誉回復なりを、加害者である放送局にゆだねなければならない、としたら、やはりそれも、大問題ではないかと思うのですが。。。


テレビニュースではどっかの解説委員がこのニュースに関して、メディアの自浄能力が問われている、とリキんでましたが、メディアに自浄能力を期待するなんて、そんな命綱なしで綱渡りするような真似、普通はしたくないと思うけどなぁ。


まあナンニセヨ、まだ当分NHKの受信料を払う必要がなさそうだってことだけはハッキリしたわけで、そういう意味ではいいニュースだったかもしれないネ。
今回の判決を敷衍すれば、放送法に受信料を支払わなければならないと規定されていても、きっとそれは、われわれの自主判断に任されるってことになるんでしょうからね♪

ペンの日/ステラおばさん

11月26日は「ペンの日」。日本ペンクラブ発足を記念して、だそうな。

面白いのが(?)日本ペンクラブの理事と、三島の憂国忌の発起人とが、けっこう重なっているということ。浅田次郎はまぁなんとなくうなづけるけど、立松和平なんて、なんで憂国忌のほうにも名前が載ってるんだ?こういう「日本的な風景」を見ると、ホント、ガックリしてしまう。
「遠雷」「性的黙示録」でガツンと打ちのめしてくれたワッペイ先生、しっかりしてくださいよ。


さくらちゃんがコメントで教えてくれたステラおばさんのクッキー。この会社はオンナノコ向けの子供服も作っていて、もう少しムスメが大きくなったら是非着せたいブランドなのである。

「アメリカン・カントリー調のナチュラルで暖かみのある子供服」。「大草原の小さな家」や、世界名作劇場の「赤毛のアン」を見て育った世代には、ノスタルジックな感興をもたらさずにはいられない服。ツマには「高いし、ムスメには似合わんと思うがのぉ」と冷めた視線で言われてしまうのだけれども。

憂国忌

1970年11月25日は、小説家の三島由紀夫の命日「憂国忌」

ボクは三島に関しては、ジマンじゃないが、まともに読んだことがない(イバるな)。

前の会社のときにお世話になった女性に「三島の『豊穣の海』四部作はイイので、ゼッタイ読んでくださいねっ!」と言われて、「ハイ」と返事をしたのは何年前のことだろう。

まだその宿題を果たせずにいる。でも忘れていませんから。必ず読みます。


高校生のころ愛読していた北杜夫『どくとるマンボウ青春記』に、自殺について言及した文章があって、「30までの自殺は認めない。30を過ぎての思想的な自殺なら、まだ許せるが。とにかく30を過ぎるまで生きろ。」(ウロオボエ)と書いてあった。

太宰に影響を受け、北さんご自身が自殺という「観念」に憧れていた青春時代を振り返る文章の中での、この一文は、当時まさに太宰的な自死への漠としたアコガレを感じていたボクには、とても強烈に、頭に響いた。とにかく30まで生きろ。


今、30を過ぎて、やはり北さんの言葉の正しさを実感する。30まで生きろ。生き延びろ。ボクは生き延びた。甘ったれでヘナチョコでジコチューでどうしようもないロクデナシだけれども、とにかく今生きている。



後に、鬱病という病を知り、若くしての自殺が、全てが全て、観念的・精神的なものではないということも知った。知人が何人か自ら命を絶ったという知らせも受け取った。30まで生き延びるってことは、本当に難しいんだと思う。生き延びたことは、人生において勝利ではない。自殺は敗北ではない。しかし、積極的に選ぶべき選択肢ではないと思う。

キミが生きているというだけで、意味があることなんだ。だからどうか、自ら死を選ぶことだけはしないで欲しい。子供たちに、そう伝えるまでは、ボクは生き延びていたい。

厄年?

ボクと同い年の女性は今年は後厄だったんだよなぁ、確か。。

同い年のメル友のヨーコちゃんが、少し前から体調が悪い腰が痛いとボヤいていたけど、ついに耐え切れなくなって病院にいったら、子宮筋腫で手術とのこと。。。


ちょいと調べてみたら、まぁ命に別状はないとはいえ、なかなかにタイヘンな病気のようで。。。


元気に退院してまたメイルもらえるようになるといいんだけど。ご主人とお子さんがついてるから、きっと手術も術後の諸々も乗り越えてまた明るいメイルが届くと信じています。。。


こういうのを身近に経験すると、ツマやらあの人やらこの人やら、同世代のみんなはダイジョウブかな?という思いがよぎる。ゴブサタしてしまっているあの人やらこの人やらに、落ち着いたらメイルしてみようかな。。。


先日、前の会社の先輩と久々にメイルをやりとりした。近況を知らせあった最後に、「またメイルをください。無事に生きているということが解るだけでもうれしいので」と書き付けて、なんだか不吉な書き方だなと思いながら、それが本音だったので、削除せずに出した。

ここんとこ、病気、自殺などで、知人の訃報が続いたりもしたので、本当に、無事に生きているというだけで、それだけでいいじゃないか、と思ってしまう。もちろん、笑顔で生きていけていれば、それはなお、素晴らしいことなんだけれども。
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